02


食堂に入れば、これまたいつもの様に騒がしくなる。

「キャー、北條様ー!!」

「今日も素敵ですー!!」

「抱いて下さいー!!」

書記にも似たような声がかかる。

俺は騒ぐ生徒の声を無視して生徒会専用の席に付く。

「会長、ちょっとは応えてあげたらどうです?」

ひらひらと手を振り、愛想を振り撒く書記の言葉に俺は眉を寄せた。

「興味ない」

「仕方ないか。会長のそういうとこ、皆は好きみたいですしねー。クールで格好良いとか」

艶やかな黒髪に、細身のシルバーフレームの眼鏡が会長の美貌を際立たせている。

「勝手に言わせておけ」

「はいはい」

周りを一切無視し食べた料理はいつもと変わらず美味しかった。

「会長って食べるの早いですね」

「時間に追われることもあるからな。食べれる時に食べるが癖になってるんだ」

「けどそれじゃ消化に悪いですよ」

「一応気を付けてはいるんだけどな」

俺が食後のコーヒーを飲んでいる間、書記は追加で頼んだデザートを食べ、その後雑談を交わして別れた。

そして、自室へ戻った俺は重要なことを思い出した。

「しまった…。明日の案内、書記の奴に頼んでおけば良かった」

チッと舌打ちし、乱暴に伊達眼鏡とる。

俺がウルフを案内しなければならないのか?正直、会えるのは嬉しいが…この特殊な学園じゃ浮かれてもいられない。






そう、どんなに頭を巡らせようと明日はやって来るわけで。

俺は鏡に写る自分の姿を確認し、ため息を一つ落とした。

今は金の髪では無いし、青いカラコンもつけていない。髪型だって半年前とは違う。何より伊達眼鏡のお陰である程度顔の造形も隠れている。

学園内での人気は上々。
ここで俺はクールな生徒会長として生徒達からは見られているらしい。面倒事を避けていたら自然そうなったのだが。まぁ、基本的に俺は他人に興味がないのでどうでもいい評価だ。…たった一人、今から会う人間を除いては。

「…行くか」

カチャリと伊達眼鏡をかけて、俺は生徒会長として役目を果たすべく編入生を迎えに正門まで向かった。

のが、一時間前。

俺は今、正門で待ち惚けをくっていた。

約束の時間は九時。軽く三十分は過ぎている。

俺は正門に背を預け、腕時計で時間を確認する。

「…後十分して来なかったら帰ろう」

来ない奴の案内なんて出来るはずがない。第一俺は約束の時間に、正門に来た事でもう責任は果たしている。

そして待つこと数分、編入生は惜しくも、俺が定めた十分以内それも九分を過ぎた辺りで姿を見せた。

制服はまだ渡されていないのか、私服姿でのんびりと近付いてくる。

その姿に、ウルフといえど殺意が沸いたのは致し方無いと言えよう。だがしかし、久し振りに見たその姿に俺の殺意など瞬時に霧散していた。

きらきらと眩しい銀髪に、赤の鋭い瞳。胸元で光る銀のチェーンには指輪が通してあり、俺はその対を服の下にぶら下げている。

変わらないなウルフ。
俺の好きなお前だ。

俺は緩みそうになる口元を引き締め、遅れてやって来た編入生を迎えた。

「高杉 瑛貴だな?初めまして。俺はお前の案内を任された生徒会長の北條だ」

「………」

声をかけたらかけたで高杉は俺をジッと見つめたまま動かなくなってしまう。

「おい、ただでさえ時間がないんだ。行くぞ」

分からないことがあれば歩きながら説明してやるから、と俺より少し背の高い高杉の背を押して動かす。

「………」

何故か歩いている間も横から視線を感じて、俺は自分の事を話すべきかと考えた。

「理事長室はここの角を曲がった先にある。他と違って豪華な扉だからすぐわかるだろ。じゃぁ俺はここで…」

「なぁ」

ようやく口を開いたと思ったら、何だこの体勢は。

ぐぐっと、壁に押さえつけられた手を俺は振りほどこうと押し返す。

「これは何の真似だ、高杉」

「それで俺を騙したつもりか?何だその変装は。なぁ、―…タイガー」

「――っ」

誰も気付かなかった事を、コイツはたった数十分で見抜いた。…嬉しい。

「高す…」

カシャンと、耳から引き抜かれた眼鏡が床に投げ捨てられる。

前髪を乱暴に掻き上げられ、至近距離で絡まった視線に息が詰まった。

「いきなり居なくなったと思ったらこんな所で生徒会長?はっ、似合わねぇにも程があるぜ」

クッと口端を吊り上げて笑った高杉は何の前置きも無しに噛み付くようなキスをかましてきた。
足の間に膝を入れられ、押し返そうとした身体は更に密着する。

「んむっ…ぅ…んっ…」

「はっ……」

ぬるりとした生温い舌が侵入してきて口内を荒らされる。乱暴に、奪うように激しい口付けに息が苦しい。

「ふっ…ん…んんっ…」

じわりと目尻に涙が浮かび、飲み込みきれなかった唾液が口端から落ちてシャツを汚した。

「んはっ…、はっ、はっ…」

久し振りのキスに舌が痺れ、頭がぼぅっとする。足に力が入らなくて、俺は高杉のシャツを掴んでその胸に寄りかかった。

そうすればグッと腰を強く抱かれ、再び口を塞がれる。

「んっ…んん…」

今度は優しく甘い口付けで、俺は誘われるように自ら舌を絡めた。

「…ん…ぅ…んっ…」

ふっ、と甘い吐息を漏らして唇が離れる。

「タイガー…」

色気を滲ませた声が鼓膜を震わせ、俺はシャツを握った手に力を込めた。

「ウルフ…、何で…俺がタイガーだと分かった?」

ここまでされて隠す気はないし、ウルフなら良いと俺は思った。

「俺を嘗めてんのか。どんな格好してようが分かるに決まってんだろ」

当然だという顔をして言い放った高杉に俺は笑えてきた。

今まで気付かなかった奴等は一体何だったんだろうな。

「そっか、そうだよな」

その言葉が嬉しくて俺は表情を緩めて高杉を見た。しかし、それに返ってきたのは鋭い睨みだった。

「それより勝手に半年も消えやがって。覚悟は出来てんだろうな」

浮かべられた凶悪な笑みにゾクリと背筋が震える。

「その前に理事長に挨拶してこい。俺はここで待ってる」

俺はそれに久し振りに心からの笑みを浮かべて返した。




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